世界ランク8位の水草水槽のつくり方 ステップ4

顧問のタナカカツキです。

 

 

 

つづきです

 

 

 

ついに注水~~~~!

 

PC061862.jpg

 

 

 

 

後景に、ロタラ、オレンジミリオフィラム、ヘアーグラスなど
植栽

 

PC061869.jpg

 

 

 

 

正面から

 

PC151914.jpg

やっぱり、水の中の水草は美しい

 

 

 

 

少し濁ってます。

 

PC061880.jpg

 

 

 

 

油膜もでております

 

PC151917.jpg

 

 

 

 

そのうち、水も出来上がるでしょう ようやく水の中きたー!ってかんじで
気泡がボコボコ。

 

PC061885.jpg

 

 

 

 

注水から1ヶ月 有茎草も育ち(何度かトリミング)
モスも青々として参りました。

 

P1101965.jpg

流木に巻いたウィーピングモスが育ちすぎて
流木と石だけで組んだときのレイアウトの勢いがなくなっています。

 

 

 

水草は状態良く、美しく育っていますが、それでよいのか?

 

 

 

水草が調子よく成長していく姿を見るのはとても気持ちのよいことです
水草が勢い良く繁茂している水槽は心安らぐものですが
そのことと、良いレイアウトとは切り離して考えなければいけません
健康的で美しい本来の姿を見せた水草も
色が抜け、葉が矮小化した不健康そうな水草も、その水草の持った特性です
水草を綺麗に育てたいという気持ちは、それはそれで、当然そんな気持ちにはなるのだけど
綺麗に育てるための環境を完全にコントロールしてやる!ってのはいささか傲慢な気もします。

 

 

 

育成はどうしたってうまくいかない場合もある、そんなときこそレイアウトによって
その個体が美しく輝き出すとすればどうでしょう?

 

 

 

「本来あるべき姿」なんてものは幻想かもしれないし、そーゆーものに支配されると
不自由を感じます。
コケや藍藻も生態系の一部かもしれないし、素材の一部かもしれません。
80年代に出版された山田先生(本コンテスト審査員でもあられる)の著書「水草百科」(ハロウ出版)の結びの一節から引用させていただきます(顧問はすぐに引用に頼る)

 

 

 

ーー水草を育成することに専念し、多くのノウハウを身につけたアクアリストが持つ感性は 自己表現の手段として、「健康体」の水草のみを要求するのではなく、我が国にみられる盆栽と同様、育成条件の一部を欠如させて育成した「病弱体」にも目をむけ、そこにあらたな美を見出すことでしょう。水草の形態変化のバリエーションはまだ十分に知り尽くされていませんが、「美」の意識は現在とは異なったものが登場し、水草はもっといろんな姿態をみせてくれることでしょう。



 

 

 

 

頭では理解しつつ 「健康体」に心奪われる顧問でございます。
草はモサモサと元気そうだけど
勢いをなくしたレイアウト…、さて、どうしたもんか…

 

器具の取り付けスペースも、水槽前面にしかなくなってしまった…

 

 

 

 

つづく!